鎌倉坂ノ下御霊神社(ごりょうじんじゃ)の面掛行列の歴史

関東

鎌倉坂ノ下御霊神社(ごりょうじんじゃ)の面掛行列の歴史

2019.3.7作成

鎌倉坂ノ下御霊神社(ごりょうじんじゃ)の面掛行列の歴史

鎌倉市坂ノ下にある御霊神社は別名権五郎神社と呼ばれています。
創建年代は平安末期だと推定されるとのこと。

というのは、平安末期にこの地方に定住していた大庭、梶原、長尾、村岡、鎌倉の桓武平氏、五氏の祖神を祀る五霊社として創建されたと言われているからです。

五霊なので御霊神社と呼ばれています。

別名「権五郎神社」の由来

別名は権五郎神社(ごんごろうじんじゃ)と言われています。
源義家に従って十六歳で後三年の役(1083~1087年)に初陣として従軍した鎌倉権五郎景政の霊を祀って権五郎神社と呼ばれるようになりました。

【こんな逸話が残っています】

奥州金沢の柵の戦いで鎌倉権五郎景政は左目を射抜かれながらもその矢を引き抜いて射返して敵を討ち取ったといいます。

面掛行列

神社の氏子である人達によって伝えられている行事です。

高足駄の天狗が先導で桐の木製の奇面の行列が続くのです。

行道獅子に続き、爺、鬼、鼻長、異形、翁(おきな)、烏天狗、布袋、火吹男、おかめ、女(さんば)の面掛十人が海辺から坂ノ下を歩きます。

面掛行列は、元々は鶴岡八幡宮の祭りに行われていました。
八月十五日です。

明治維新後の祭式の変更で、九月十八日の御霊神社例祭に行われています。

面掛行列の由来

源頼朝の女性遍歴を新たに発見したという感じです。

源頼朝が極楽寺坂ノ下に住んでいた身分の低い女(芸能頭の娘)と良い関係になり身ごもらせたという話が残っています。

それにより年に一度の無礼講をその一族に許すことになり、鎌倉八幡宮に奉仕をする代わりに境内での興行権(観客を集めて芸をすること)を与えられたとのこと。

Goryojinja , Kamakura , Japan 御霊神社 (権五郎神社) / 鎌倉 [ 4K ]

鎌倉は坂の下の御霊神社で行われた面掛行列#鎌倉 #祭 #写真好きな人と繋がりたい

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