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木下杢太郎(きのしたもくたろう)が描いた「伊東」と生家、木下杢太郎記念館

中部

木下杢太郎(きのしたもくたろう)が描いた「伊東」と生家、木下杢太郎記念館

豊かな画才に恵まれた木下杢太郎(きのしたもくたろう)

上の画像は1903年 伊東市 「松川河畔」 です。

明治18年8月1日に7人兄弟の末子として伊東で生まれた正雄(杢太郎)のことをまた探ってみました。

大変な方なので探っても探っても底が見えません。

生まれた家が呉服や雑貨などを扱う商家であったので、書籍に囲まれていた幼少のころから江戸文化や近代文化を吸収していきました。

13歳で東京に行き、独逸学協会中学校、第一高等学校、そして東京帝国大学医科大学に入学しました。

太田家が杢太郎を独逸学協会中学校に入れたのは、杢太郎を医者にするためでした。

杢太郎は医者となりましたが、文学と美術を好み、詩、小説、戯曲、随筆、美術評論などすぐれた業績を残しました。


今回も医学者太田正雄ではなく、文学者木下杢太郎に触れてみたいと思います。

医学者太田正雄よりも文学者木下杢太郎の方に魅力を感じています。
これは好みの問題で、医学者太田正雄という人物も偉大な方なのです。

主な研究業績は、病原性真菌、ハンセン病、皮膚腫瘍に関するもので、「太田母斑」は太田正雄が見出したものです。



杢太郎は多才で文学熱に旺盛であったのです。

文芸誌明星(みょうじょう)に参加したので、与謝野鉄幹、晶子、北原白秋、石川啄木らと友好を深めました。

明星(みょうじょう)とは

明星(みょうじょう)は、1900年(明治33年)4月から1908年(明治41年)11月まで刊行された、詩歌を中心とする月刊文芸誌である。

同人結社東京新詩社の機関誌として、与謝野鉄幹が主宰となり創刊。1908年(明治41年)11月の第100号で廃刊となった。

誌風はロマン主義的であり、高踏的・唯美的傾向が強く、西洋文学の紹介にも熱心だった。

出典 http://ja.wikipedia.org

芸術家として豊かな画才に恵まれた杢太郎

海の入日 ー右側ー

浜の真砂に文かけば
また波が来て消しゆきぬ
あはれはるばるわが思、
遠き岬に入り日する。

出典 http://

これは伊東市の湯川海岸から夕方に相模の方を眺めていたようです。
杢太郎の作品です。

宇佐美初津の山(1906年)-左側ー

杢太郎が山を登り松月院に向かいました。
ーあたたかき日を浴びて伊東の全村を望むーとあります。
淡き空、碧深き海・・・なんと優しい表現でしょう。

この頃に医師と文学者、画工と自分のことを迷っていたようです。

1943年 つはぶき と さるすべり

姪の結婚式に出るために伊東に来たときに描いた作品

参考 目でみる「木下杢太郎の生涯」

木下杢太郎記念館の詳細はこちらで。
【目でみる「木下杢太郎の生涯」】は記念館で購入しました。
↓ ↓ ↓

木下杢太郎記念館詳細とアクセス

電車の場合 東京から約1時間40分、名古屋から約2時間40分(新幹線)
      伊東駅下車 徒歩5分

車の場合 東京から約3時間
     名古屋から約4時間30分(東名高速利用)

開館時間 午前9時~午後4時30分(4月~9月)
     午前9時~午後4時   (10月~3月)
休館日 月曜日(祝日の場合は火曜日)
    12月28日~1月4日
入館料 大人100円・小人(中学生以下)50円
    20人以上の団体割引大人80円・小人30円

この話知っているよ~!とか、こんな話もあるよ~!とか、教えていただけると嬉しいです。 下のお問い合わせフォームからお願いします(^^)/

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