ひこにゃんも招き猫も豪徳寺が発祥の地!?招き猫伝説もあった!

関東

ひこにゃんも招き猫も豪徳寺が発祥の地!?招き猫伝説もあった!

ひこにゃんも招き猫も豪徳寺から誕生した!?

東京都世田谷区の曹洞宗(そうとうしゅう)の寺院「豪徳寺」は、愛らしい招き猫が至るところに置かれています。

豪徳寺の招き猫いっぱいの画像は良く見かけますが、「どうして招き猫?」と思いませんか?

「そうそう、あの招き猫がいっぱいのお寺」

なんて言っている方多いですよね?
そういうものですね。

こんな可愛い招き猫が迎えてくれる豪徳寺に、猫好きの方は行ってみたいと思うでしょう。

ひこにゃんと招き猫と豪徳寺、どんな繋がりがあるのでしょう。

豪徳寺の歴史

本寺付近は、中世の武蔵吉良氏が居館とし、天正18年(1590年)の小田原征伐で廃城となった世田谷城の主要部だったとされる。

文明12年(1480年)、世田谷城主吉良政忠が伯母で頼高の娘である弘徳院のために「弘徳院」と称する庵を結んだ。当初は臨済宗に属していたが、天正12年(1584年)曹洞宗に転じる。

寛永10年(1633年)、彦根藩主・井伊直孝が井伊氏の菩提寺として伽藍を創建し整備した。寺号は直孝の戒名である「久昌院殿豪徳天英居士」による。

出典 http://ja.wikipedia.org

招き猫発祥の地として名が知られている豪徳寺ですが、井伊直孝と招き猫の縁があったという由来がありました。

豪徳寺では「招いた猫」が死ぬと「招福猫児(まねぎねこ)」として祀り、「招猫殿」が置かれています。

「招いた猫」と井伊直孝の伝説が残されています。

そして願いが叶ったお礼として、多くの招猫児が奉納されています。

井伊直孝とは

生まれたのは天正18年(1590)
亡くなったのは万治2年(1659)

江戸時代前期の幕府重臣(じゅうしん)。
重臣(じゅうしん)というのは、身分の高い家来のことです。

井伊直政の次男で元和1年(1615)に多病の兄直勝に代わり家督を相続して近江国彦根藩の藩主となります。

だから「ひこにゃん」と結びついてくるのですね!
彦根藩は滋賀県彦根市、彦根城をウロウロ?(笑)しているキャラクター。
ひこにゃんは人気者のようです。

井伊直孝は大阪の陣では家康を守って日本一の大手柄と賞されました。

2017年のNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」より井伊家家系図

井伊直孝は目立たない!( ;∀;)

井伊直弼(いいなおすけ)黄色の所の上です。

出典 http://akuse88.sakura.ne.jp

豪徳寺の正門

招き猫伝説

豪徳寺はもともと弘徳院という貧しい寺だったのです。
ある日井伊直孝が江戸で鷹狩りに出たときのこと、弘徳院の門の前を通ると、一匹の猫がじっと直孝を見つめていました。

猫は手を耳の後ろに上げて手招きをするようにしたため、直孝は猫が寺に招いていると思い、寺で休むことにしました。

するとその辺りは暗雲が垂れ込め雷雨となったのです。

直孝は猫の手招きによって、雨宿りをすることができて、このことが縁で住職と親しくなることができました。

寺は井伊家と繋がりを密にし、後に寄進を受け、立派に改築をされて井伊家の菩提寺とされました。

直孝の法名にちなんで豪徳寺と号したということです。

直孝の妻である春光院(しゅんこういん)と娘の掃雲院(そううんいん)によって多くの堂舎が建立されました。


招猫堂の奥にある墓所の一番奥に井伊家の墓所があります。
江戸時代の大名文化を伝えるものとして東京都の史跡に指定されています。

ひこにゃん

戦国武士の兜が似合っているマスコットキャラクターのひこにゃん。

愛称は1167点の一般公募の中から選ばれました。

福を招き縁起の良いお寺ということで、隆盛のきっかけとなり、この話が招き猫とひこにゃんの名の由来となったのです。

Fortune Cats ~ 招き猫がいっぱい 豪徳寺

アクセス

〒154-0021
東京都世田谷区豪徳寺2-24-7
※小田急線豪徳寺駅から徒歩13分
※世田谷線宮の坂駅から徒歩3分


この話知っているよ~!とか、こんな話もあるよ~!とか、教えていただけると嬉しいです。 下のお問い合わせフォームからお願いします(^^)/

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