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秋田県湯沢市・院内銀山・小関太夫(こせきだゆう)の悲恋物語

東北

秋田県湯沢市・院内銀山・小関太夫(こせきだゆう)の悲恋物語

院内銀山に伝わる小関太夫の悲恋物語

秋田県湯沢市にある院内銀山は、江戸初期から昭和29年(1954)まで歴史を刻んだ鉱山で、東洋一の大銀山とうたわれました。

現在は鉱山跡は秋田県指定史跡となっていますが、坑内の中には入ることができません。

上の画像は明治14年(1881)9月に明治天皇が東北地方ご巡幸の時に入坑された五番坑で、これを記念に御幸坑と命名されました。

ここは鉱夫の出入り口であり、水抜きや空気の通り口でもあって、人が出入りができるのはここだけであったのだとか。

明治39年(1906)に火災が起こり、逃げ遅れた鉱夫102名が鉄扉の向こうで亡くなったそうです。

小関太夫(こせきだゆう)の悲恋

この銀山の悲恋物語があるのです。

銀山を発見したのは、江戸初期の慶長11年(1606)村山宗兵衛で、最盛期は天保年間で、経営は医師であった門屋養安(かどやようあん)です。

元和(げんな)の頃の話です。

一人の顔立ちの美しい白拍子(しろびょうし)が遊郭に来ました。
優雅に舞うその姿に人々は酔いしれてしまいます。

その女の名は小関太夫(こせきだゆう)。

小関太夫の元へ夜ごと訪れる若侍がいました。
やがて二人は恋仲となり、夫婦となり、大変仲良く暮らしましたが、1年のも満たないうちに小関は病で21歳の若さで死んでしまったのです。

夫は哀しみに暮れて、遺骨を主鈴坂(しゅれいざか)下に納めようとしたのですが、そこからなんと清水が湧き出したのです。

小関の滴る思いなのか、清水はいつしか小関清水と呼ばれるようになりました。



小関の死後、夫はどこへと行くとも言わずに旅立ってしまいました。
30数年という月日が流れて、年老いた僧が院内銀山に訪れました。

小関清水の「染の石」に「南無阿弥陀仏」と刻み立ち去ったのです。



昭和52年(1977)主鈴坂下に整地工事が行われ、草に埋もれていた小関清水と染の石が見つかり、今も石の表面は湧水が滴っているそうです。

院内銀山 金山神社

院内銀山が発見された頃から銀山の鎮守社です。
明治天皇が御幸坑に入坑された9月21日が鉱山記念日で、金山神社例大祭が行われます。

共葬墓地

銀山で働いた多くの方が眠る墓地。
1748年の墓石もあり、3000以上あるそうです。

開山してから約350年、大変賑わい多くの人々が鉱山に関わったということが判ります。

出典 http://mitinoku.biz

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秋田県湯沢市 観光スポット【JAPAN TRIP】

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