伊達政宗は規則正しい生活をして健康志向の強い【伊達】な男だった!

東北

伊達政宗は規則正しい生活をして健康志向の強い【伊達】な男だった!
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早雲寺殿廿一箇条(そううんじどのにじゅういっかじょう)と伊達政宗(だてまさむね)

難しい名前が付いていますが、難しいです(笑)
そう~うん・・じ・・ど、ど、どどど・・・
と言ってしまいました(汗)

戦国時代に北条氏が定めた家訓のようですが、だいたいにして、
「こんなのが戦国時代にあったの」
と思ってしまいました。

「家訓」というのは判りますが、日常のことが書かれていたりします。

雑誌に掲載されていたものがおもしろくて、雑誌の記事を監修された歴史作家
中江克己さんの本も読んでみると、戦国時代の勝手な妄想の世界とは違う部分も見えて来ました。

戦国時代というと戦いばかりしていて、ドロドロとした暗いイメージでした。

伊達政宗は永禄10年(1567)に米沢城(現・山形県米沢市)で生まれて18歳で家督を継ぎ、5年で奥州最大の大名となりました。

政治や軍事だけでなく文化的な教養もあったというので、粋な男だったのですね!

早雲寺殿廿一箇条に書かれている、「早寝早起きの規則正しい生活をしなさい」
という今の時代にもあてはまる生活を、

伊達政宗はしていた!

朝6時に起床、煙草を15分の間に楽しみ、関所に向かい、髪を結う。
朝食、煙草、政務、関所。
政務のあとにおやつがありました。

おやつは2時ごろ(八つ時)に食べていたそうですが、「おやつ」は「八つ時」から由来する言葉だそうです。

夜は8時に寝ていたそうです。
そう・・うん・・どどど・・・(笑)早雲寺殿廿一箇条にも、夜は早く寝て、寅の刻には起き・・・と書いてあります。
本当に早寝早起きですね!

びっくりしたのは煙草のことです。
煙草は規則正しく毎日三服から五服として度が過ぎないようにしていたとのこと。

伊達政宗は健康志向が強かった!

早雲寺殿廿一箇条に書かれている通りに行水もして、見廻りもして、キチンと生活をしていたのは判りました。
行水は一日に二回行っていたようです。
伊達政宗の一日は、正宗の回想録「政宗記」に書かれています。

(参考・歴史人 戦国武将の暮らし)

こちらは中江克己(著)「戦国軍師の知略」
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松島

松島は、宮城県の松島湾内外にある大小260余りの諸島のこと。または、それら諸島と湾周囲を囲む松島丘陵も含めた修景地区のことである。

出典 http://ja.wikipedia.org

上の画像では少ししか見えませんが、伊達政宗が再建した五大堂が見えます。
国の重要文化財です。

五大堂

東北最古と伝わる桃山建築の御堂で大同2年(802)に坂上田村麻呂が建立した毘沙門堂が始まりと伝わっています。

五大堂の小島に架けられたすかし橋

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