牛若丸と鞍馬天狗(くらまてんぐ)の伝説が残る鞍馬寺(くらまでら)

近畿

牛若丸と鞍馬天狗(くらまてんぐ)の伝説が残る鞍馬寺(くらまでら)

2017.12.16更新

歴史と伝説をたどるハイキングを!

鞍馬寺のご神体は鞍馬山で開基(創立者)は鑑真の高弟鑑禎(がんてい)ということです。

山自体がご神体なので山を清め自然を守るために仁王門受付で300円を納めます。


夏はハイキングにおススメの場所のようですね!

歴史を感じながら修行の山を巡るコースは、案内人さんと一緒の方が楽しいかも知れません。
史跡や途中に霊宝殿(鞍馬山の仏像などを展示している)などもあるので、貴重な体験ができそうです。

本殿金堂の毘沙門天、千手観世音、護法魔王尊は秘仏であるとウィキに書いてあり、60年に一度開帳されるそうです。
この秘仏厨子の前に「お前立ち」と称する代わりの像が常時安置されているそうです。

「お前立ちの魔王尊像は、背中に羽根をもち、長いひげをたくわえた仙人のような姿で、鼻が高い。光背は木の葉でできている。多宝塔に安置の護法魔王尊像も同じような姿をしている。(Wikipedia)」

鞍馬天狗の正体は!

鞍馬天狗とはもともと護法魔王尊であったと思われるそうです。

おもしろいです。
今の時代とは違い情報を得ることが困難な時代の伝説は、いつぐらいから広まって行ったのでしょう。

そんな思いを馳せて歩くのも楽しいかも知れません。

仁王門

1182年から1184年の建立だそうですが、1891年(明治24年)に焼失し、1911年(明治44年)に再建される。

大杉の権現

地面を這うように杉の根が広がり、木の根街道と呼ばれています。

山門よりつづら折り参道を通って本堂まで徒歩で約30分。
鞍馬山ケーブルも利用できます。片道200円。
更に信仰の山道を貴船川沿いに下って来て、貴船口駅まで歩くと約2時間30分ぐらいかかります。

鞍馬天狗と牛若丸

平安時代の終わり頃、源頼朝の異母弟の義経(幼名牛若丸)は平治の乱で父を亡くし、7歳の頃に鞍馬寺に入山しました。
16歳の頃に鞍馬寺から平泉に向かったと言われています。

鞍馬寺のある鞍馬山には天狗伝説が残されています。

天狗伝説は日本各地に残されていますが、ここの天狗様は偉かったようですね。

鞍馬山の天狗、鞍馬天狗は鞍馬山の奥の僧正が谷に住むと伝えられる大天狗ということなので、ここで牛若丸はしごかれたのでしょうか。

鞍馬天狗から剣術や兵法を学んだと言い伝えられています。

室町時代後期の能作者 宮増(みやます)が創作したと伝わる謡曲「鞍馬天狗」。

宮増(みやます)は、能「調伏曽我」「小袖曽我」「鞍馬天狗」「烏帽子折」「大江山」などの作者として、各種作者付に名前が見られる人物。計36番もの能の作者とされながら、その正体はほとんど明らかでなく、「謎の作者」と言われている。

出典 http://ja.wikipedia.org

鞍馬天狗は幼ないころの源義経を平家討伐(とうばつ)へ導く神様として登場します。

幼いころ、僧に連れられ鞍馬山に花見に来ていた牛若丸はひとりの山伏に出会い、武芸を習い腕を磨いていきます。

山伏は鞍馬山に住む大天狗だったいいます。

鞍馬天狗 東寺の決闘


ーそのころ源頼朝はー

源頼朝と伊豆

平治の乱後、源頼朝ですが、平家にとらえられて殺されそうになります。

前にこちらでも載せました(^^)
↓ ↓ ↓

平清盛の母親(継母)池の禅尼の亡き子に頼朝が似ていたことから、尼の熱心な願いによって助命され、伊豆に流罪となった頼朝です。

頼朝VS平清盛

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