祝・世界遺産登録10周年・島根県大田市【石見銀山遺跡とその文化的景観】

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祝・世界遺産登録10周年・島根県大田市【石見銀山遺跡とその文化的景観】
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2017年7月世界遺産登録10周年石見銀山遺跡とその文化的景観

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上の画像は石見銀山龍源寺間歩(いわみぎんざんりゅうげんじまぶ)

第3回住みたい田舎ベストランキング総合1位を獲得した★島根県大田市(おおだし)★
にある石見銀山(いわみぎんざん)は戦国時代から江戸中期にかけての代表的な
銀山です。

最盛期には銀の産出量が世界一だといわれていました。
鎌倉時代1309年に初めて銀山が発見されたといわれています。
この頃からある程度の露天掘りがなされていたと考えられているそうです。

露天掘りというのは、岩盤の山をノミなどで掘削するという原始的な採掘手法で、
当たり前ですが、大型重機などない時代ですから鉱石などはこのような採掘方法
しかなかったのでしょう。

間歩(まぶ)という坑道から銀などの鉱石を掘り出して、錬成して銀山街道を
通り、港まで運んだそうです。

石見銀山清水谷精錬所跡

2007年に「石見銀山遺跡とその文化的景観」が世界遺産に登録されています。

大久保間歩(おおくぼまぶ)

石見銀山の初代奉行大久保長安(安土桃山1601年(慶長6年)に初代奉行と
なりました)の名をとってつけられた間歩です。
開発されたのは江戸時代から明治時代で、標高310m本谷地区に位置します。
高さは最大5m。

1602年、年産4千貫15トンの銀を産出したということで盛況となりました。

休山したのは大正時代、第一次世界大戦後の銀相場低下により経営不振となった
からですが、歴史年表を見ているとサラッと見てしまいますが、長い間活躍した
銀山です。

大久保間歩(おおくぼまぶ)の内部

右の画像は石見銀山街道の一部

石見銀山の鉱床断面図

吉岡出雲の墓

毛利家の家臣で石見銀山の開発に多大な功績を残した吉岡出雲。

その他にも伊豆湯ヶ島、佐渡島(新潟県佐渡市)の鉱山開発に尽力しました。

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