青森県【三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)】縄文人の生活

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青森県【三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)】縄文人の生活
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縄文時代前期から中期の大規模な集落跡

前にもっともっと小規模な伊豆の縄文時代の遺跡に行ったときに、竪穴式住居が再現され作ってあったので、中に入って縄文人の気分になったのですが(笑)、中は4~5本の柱を立てて屋根や周りを草や木などで覆ってあり、神棚らしきものや中央には炉を作ったような跡もありました。
食事のしたくも食べるのも、炉の周りだったのかも知れません。

青森県の三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)は、東北新幹線新青森駅からバスで15分ぐらいのところにあり、縄文時代の前期から中期に渡って長期間継続した大変規模の大きい集落なのです。
約5500年から4000年前の集落の跡です。

大変価値のあるものとして国の特別史跡に指定されています。

道や墓などもあり、土器、石器、土偶などもたくさん出土しているそうです。

数千年で人類かなり進歩したって言うのかな?意外とそうでもないのかも…。

同感です!
この頃の生活に近いものを好む人も増えているような気がします。

皆で仲良く、「格差」もなく、自由に助け合い、自然を敬い、そして自然を恐れ、女性を敬い(土偶を見てそう感じた)、子孫を残すためかも・・。
そんな生活だったのかな。

三内丸山遺跡から発掘された土偶

三内丸山遺跡から発掘された土偶の一つです。
十字型で乳房やおへそなどの表現があります。

土偶の画像はお借りしました。↑



この大規模な集落でどのような生活をしていたのか気になります。
狩りをしたり、魚や貝を獲ったり、木の実を採集したりして生活をしていたのは判りますが、このようなちゃんとした(笑)

部落ができていたとは!

太陽、海、月、大木、大きな岩(?)を崇拝し、環状列石で祭りも行われていたのでしょう。

樹皮葺き竪穴式住居と円筒土器

一般の人が暮らしていたと思われる住居と北東北から北海道南西部で見られる土器。

六本柱建物(復元)

六本柱建物跡には驚きです。
柱の穴の間隔、幅、深さがそれぞれ4.2m、2m、2mと統一されていて、腐食を防ぐために周囲を焦がすという知恵があったなんて!

やっぱり今とさほど変わっていないと思ってしまう・・・(汗)

三内丸山遺跡

現在まで三内丸山遺跡で検出された遺構の中で最も重要視されているものである。その柱の大きさで評価されることも多いが、それとともに注目すべきは、柱穴の間隔、幅、深さがそれぞれ4.2メートル、2メートル、2メートルで全て統一されていることである。これはその当時すでに測量の技術が存在していたことを示すものであり、ここに住んでいた人々が当時としては高度な技術を持っていたことを示すものである。特に4.2メートルというのは35センチメートルの倍数であり、35センチメートルの単位は他の遺跡でも確認されているので、「縄文尺」ともいうべき長さの単位が広範囲にわたって共通規格として共有されていた可能性が考えられる。さらに、これほど大規模な建造物を建てるには多くの労働力を必要としたはずであり、集落居住者の団結力と彼らを的確に指導できる指導者がいたことも推測できる。また、柱本体にも腐食を防ぐため周囲を焦がすという技術が施されており、長い間腐食を防ぐことのできた一因となっている。

出典 http://ja.wikipedia.org

青森の名産と縄文人の食をイメージして作られた「あおもり名物貝焼き味噌定食」

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