伊豆城ケ崎海岸散策 魚見小屋から砲台跡

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伊豆城ケ崎海岸散策 魚見小屋から砲台跡

城ケ崎海岸 魚見小屋から砲台跡まで

城ケ崎海岸はオーシャンブルーに光る海、切り立った絶壁、流れ出た溶岩の岬、大昔から変わらない景色を眺めることができます。
大室山が約4,000年前に噴火したとき溶岩が海に流れ出し、海の侵食作用で削られてできた、約9kmにわたる雄大な出入りの激しい溶岩岩石海岸です。

今回は魚見小屋から現在は食事処になっているぼら納屋を通り、幕末の頃この地を管理していた沼津藩水野氏が黒船の来襲に備えて四門の大砲を備え付けた大砲跡までのご紹介です。

富戸の魚見小屋(県指定有形民俗文化財)

ボラの大群を入り江に追い込んで捕獲するために、船と連携して指示を出していた、ボラ漁の中心的な役割であった見張り小屋です。

 富戸にはこのノリクチの魚見小屋のほかにも3カ所の小屋がありましたが、常設され寝泊りが可能であったのは、この小屋だけでした。

 伊豆の各地で見られたボラ漁でしたが、この富戸のでも昭和30年頃をピークに衰退し、現在では漁そのものが行われていません。

 傷みが激しく、小屋が消滅する恐れがあったことから、貴重な沿岸漁業の歴史を語る文化財として、県の指定を受けた機会に復元工事を行いました。

出典 http://www.city.ito.shizuoka.jp

富戸港方面を見る

伊東市富戸港

ぼら漁期に4人1組で寝泊まりをしていた司令塔の魚見小屋

魚見小屋

幕末砲台跡

幕末の頃、伊豆国韮山の代官、江川太郎左衛門が、黒船の来襲に備えて四門の大砲をすえつけた砲台跡といわれている。

ここにすえつけた大砲は、跡に下田港に運ばれたといわれている。

この大砲跡は、現在トベラ、ヒメユズリハの入り混じった林におおわれ、往時の夢を訪れる人にみせてくれている。

また、富戸には、火薬を製造したといわれる釜屋が三戸ある。
この釜屋では、古い家の床下から土を掘り出して硝酸を採り出し、火薬を製造したということである。

古い家の床下には、雨が入らないので、硝酸が含有されているという。
昔の火薬は、この古い家の床下の土から造られたという。

この火薬は、前角の砲台の大砲のために造られたということである。

出典 http://ameblo.jp

城ケ崎海岸 砲台跡

現在はトベラ、ヒメユズリハの入り混じった林におおわれている

城ケ崎海岸 砲台跡

このように船が見えます

城ケ崎海岸からの眺め

伊豆の絶景 城ヶ崎海岸

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